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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)411号 判決 1950年4月10日

被告人

元木ム子

主文

原判決を破棄する。

本件を津家庭裁判所に差し戻す。

理由

控訴趣意第一点について。

本件記録によれば本件については弁護人の私選も国選もなく従つて原審は弁護人なくして本件の公判を開延した上審理判決したものであることが明らかである。

而して本件の訴因並びに原判決認定の事実は兒童福祉法第三十四条第一項第六号に違反する事実であり同法第六十条第一項によつて十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金が科せられるのであつて刑事訴訟法第二百八十九条に所謂強制弁護事件として被告人の意嚮如何に拘らず弁護人なくして開延し得ざる事件であるといわなければならない。

尤も原審は被告人から予め書面を以て弁護人辞退の申出を受けているのであるが刑事訴訟法施行法第五条によるも被告人から予め書面を以て弁護人を必要としない旨の申出があつたときは刑事訴訟法施行の昭和二十四年一月一日以降一年間同法第二百八十九条の規定に拘らず弁護人なくして開廷できるのは簡易裁判所なることを明示しているのであつて家庭裁判所に対してはかかる処置を認める規定は存しないのである或いは原審において家庭裁判所も禁錮以上の刑を科し得ないのでその点においては簡易裁判所と同一に解し右刑事訴訟法施行法第五条の簡易裁判所とあるのを家庭裁判所にも類推解釈する趣旨であつたかも知れないが、凡そ刑事事件における弁護人は単に当該被告人一個の利害に終始するに留らず公正な司法の運用に協力すると共に基本的人権保護を担保する社会的公共的機能を果すべきものであるから弁護人乃至弁護権の制限に関する規定は本質上拡張解釈を許さぬものと解さねばならないし又簡易裁判所事件に弁護人辞退の制度を設けたのは我が国においては弁護士が大体大都市に集中していることと今次の劃期的な司法制度の改革に伴うて従前裁判所が設置されておらず従つて弁護士のいない僻陬の地にも新に数多くの簡易裁判所が設置されるに到つたことから若し刑事訴訟法第二百八十九条を即時嚴格に適用するときはその事件の取扱上多大の支障を来す虞があつた為であり該制度は右のような簡易裁判所に特有な設置場所の事情から暫定的に認められた特例に外ならずこれと同一の事情にない家庭裁判所についてかかる特例を類推すべき実質的理由は存しないものとせねばならぬ。

即ち原審の処置は刑事訴訟法第三百七十九条にいわゆる訴訟手続に関する法令に違背するものであり該違背は原審公判手続を全面的に無効ならしめ延いては判決に影響を及ぼすこと明であるから他の論旨を判断する迄もなく本件控訴は理由あり原判決は同法第三百九十七条によつて破棄を免れず且つ本件は直に当審において判決するに適せぬこと右の理由によつて明瞭なるが故に同法第四百条本文に則りこれを原審津家庭裁判所に差し戻すべきものと認めて主文の通り判決する。

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